脳に蓄積のプラスチック急増

微小プラスチックが人体に取り込まれる経路は、これまで腸などの消化器から、あるいは肺などの呼吸器、そして血液から循環器系に入り肝臓や腎臓などを通し臓器蓄積することが確認されていました。また胎盤や、母乳にも検出されています。その中で、急増していることが判明し、最近重く受け止められているのが、脳への蓄積です。
本来、脳には血液脳関門という血流から脳に入るものを制限するバリア機能があります。これまでこの関門を通過するのはマイクロプラスチックよりも小さいナノプラスチックでしかもその中の特に小さな微粒子だけと予測されていました。それが、最近の研究でマイクロレベルのプラスチックまで脳内に見つかり、しかもそれが腎臓や肝臓より多く、蓄積のスピードも8年間で1.5倍と加速していることがわかり大きな衝撃のニュースとなりました。
その発信源となった研究概略をまとめてみます。
人の体内で検出される微小プラスチックは、直径5㎜以下のマイクロプラスチックと、さらに小さい直径1~1000ナノメートルのナノプラスチックに分けられます。この双方を合わせMNPとも表現します。MNPはペットボトルや発泡スチロール容器、買い物袋などのプラスチック製品が使用などによって劣化、環境の中で分解されて生まれます。
脳の蓄積明らかに
MNPはまずクジラやイルカ、アシカ、ホッキョクグマなどの海洋哺乳類の体内に蓄積していることがわかりました。海水から吸収されたり、食べた魚から取りこまれたと推定されます。世界の海には2023年時点で250万トンのプラスチックが浮遊しているという推定もあります。2005年に比べ10倍以上に増えていると警告されています。海洋哺乳類と同じように魚介類を食用する人の体内でも、急速にMNPの蓄積が増えているはずです。また人の食べる、豚、牛、鶏の組織にもMNPの蓄積は確認されています。
食からの体内蓄積だけでなく、空気中のMNPからの体内吸収も考えられています。衣類、家具、家庭用品には多くのプラスチック製品があり、その劣化などにより落ちてくる粒子が空気中のMNP濃度を上げています。屋内の方が汚染度が高いのです。
このようなプラスチックの人体蓄積の調査で、ひときわ注目されたのが2024年9月「JAMA Network Open」に発表されたサンパウロ大学での調査結果でした。死亡者15人の8人の嗅球からマイクロプラスチック(MP)が検出されたのです。嗅球は大脳辺縁系に接続しています。つまり嗅覚経路から脳へのMPの侵入、蓄積が推定されました。
脳にはもともと血液脳関門(Blood-brain barrier= BBB)という、血液中の有害な物質や病原体が脳に侵入するのを防ぎ、脳の環境を一定に保つ機能があります。脳の血管と脳組織の間にあるバリア、関門です。この関門は同時に、脳に必要な栄養素や酸素は選択的に通過させ、脳の正常な活動をサポートします。
そしてこのBBBゆえに、従来はナノプラスチックの内でも特に小さな粒子しか脳には侵入しないと考えられていました。それゆえにこの関門を通過する可能性を裏付けたサンパウロの調査結果は衝撃的でした。
脳の0.5%がプラスチック?
そしてこの調査に続き注目されたのは、ニューメキシコ大学法医学調査室が今年2025年2月に医学雑誌に発表した「死後脳におけるマイクロプラスチックの生体蓄積」です。
この研究では2016年と2024年に死亡した52人の脳の前頭葉を分析対象にしました。サンプルの脳組織を溶かし遠心分離器にかけ、プラスチック微粒子を分離し質量分析で組成を確認しています。その結果見つかったプラスチックは12種類で、最も多かったのはペットボトルなどに使われるポリエチレンだったといいます。
研究チームの1人はCNNの取材に「40~50歳の人の脳組織で確認されたプラスチック濃度は1グラム当たり4800マイクログラム。脳の重量の0.48%だった」と説明、これは標準的なプラスチックスプーン1杯分に相当するとも指摘し、「私たちの脳の99.5%は脳で、残りはプラスチック」ともいえると答えています。

(脳内の微小プラスチックはスプーン1杯分?)
調査は同じ遺体の肝臓と腎臓も調べています。
2016年と2024年の比較では脳と肝臓のMNP濃度は大きく増加しており、特に脳においてはこの8年の間に約50%も上昇したことが報告されました。
調査にあたった研究者たちは、MNPの脳内濃度の上昇は水中、大気中そして家庭内と、人の住む環境内でのMNP濃度の増加が背景にあると推定します。
そして脳の検体では腎臓や肝臓に比べ7~30倍もの濃度のMNPが確認されていることも報告されました。
また採取された臓器内などのMNPの蓄積量と、その遺体の年齢とは相関がありませんでした。つまり、人体が何らかの方法でMNPを排出している可能性もこの結果は示唆しています。
この調査対象の内、12人が認知症の診断を受けていました。その人の脳内のMNP濃度は、それ以外の人に比べ約3~5倍高かったと記録されています。ただMNPが認知症を引き起こしたとはこれだけでは判定できず、認知症の結果かもしれません。今後の課題になっています。
微小プラスチックの人体への影響はまだ解明途上ですが、心疾患や脳卒中、精子数の減少との関連を示唆する研究もあります。また、特定のがんの発症リスクに関与している可能性についても、研究が進んでいます。
脳内蓄積については、マイクロプラスチックの粒子が脳内に侵入すると、細胞を損傷し神経疾患のリスクを高めるとの指摘もあります。MNPがうつ病や認知症などの神経精神疾患に関与する神経伝達物質に特に影響を与えているのではないかという研究も進んでいます。
いずれにしろ脳内のMNP蓄積が(健康にどのような影響を与えるかはまだ研究中でわかっていません。ただ「本来脳内にMNPは存在すべきものでなく、蓄積は十分懸念すべき状況だ」と研究者たちは警告しています。