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全権大使のレポート
2026.03.06
トンボの眼を通して知る地球環境の重さと人間

高知全権大使レポート(上)

インタビュー★杉村光俊さん
公益社団法人「トンボと自然を考える会」 常務理事
(国際蜻蛉学会会員・日本蜻蛉学会会員・トンボ生態写真家)

母親が捕り逃がしたオニヤンマを追い求め、初めて補虫網を手にしたのは小学2年生の夏でした。そして高校3年の春、様々なトンボが飛び交う水辺が開発業者により埋め立てられることを知り、このトンボ生息地を守ろうと保護区づくりを決意。その後、人生を賭けてトンボを通した自然保護活動に取り組む『少年』が高知県四万十市に居ます。
今回は高知の全権大使、岩田正博さんが2回にわたりこの『少年』の活動とインタビューをレポートします。

(Googleより)

『少年』は杉村光俊さん、1955(昭和30)年3月生まれの71歳。トンボ保護を主目的とする世界初の法人団体「トンボと自然を考える会」を1985(昭和60)年に立ち上げ、常務理事を務めています。日本最後の清流として知られる四万十川のほとりに、雑木林・ため池・沼・小川などをコツコツ整備し、消えつつある里山の再生を年々拡張させてきた「四万十市トンボ自然公園(トンボ王国)」(高知県四万十市具同8055-5=右地図)は50㌶に及ぶ湿地帯。ここには国内で確認されるトンボ203種のうち60~81種のトンボ類が1年を通して息づいています。トンボ好き少年の熱い思いを持ち続ける杉村さんは、その「日本一のトンボ生息地」を生み、守り育て、今も整備・拡張に取り組んでいます。

杉村さんは、人類が出現した時代は、地球の歴史上ほんの一瞬でしかないのに、現代社会に経済と合理性優先の「人間ファースト」がはびこって深刻な自然破壊が進む現状に心を痛め、環境保全に無関心な社会に警鐘を乱打します。その局面を打開するために杉村さんは、私たちに社会の根源的な在り方と「豊かさ」に対する意識改革を訴え、子どもたちにトンボをはじめとする昆虫世界との触れ合いの重要性を呼び掛けています。

★杉村光俊さん インタビュー(1)

  ―――  「トンボの眼」は、今の地球環境をどう見ているでしょうか。

(杉村 光俊さん)

トンボの語源は『田んぼ』からという学説があります。日本人にとってトンボは、蚊や蝿など私たちにとって『害虫』を駆除する『益虫』として大切な存在でした。このトンボの生態を深掘りすると、私たちの日々の暮らしが豊かになる情報を得ることができます。

例えば、真夏でも冷たい谷川の水を引く田んぼでは、経験的に美味しいコメが採れます。そんな清浄な環境を好むのが、北方系で暑さが苦手なミヤマアカネ。このトンボが飛び交う田んぼのコメは実に美味しく、安心・安全です。シオカラトンボが飛んでいればまずまず…。『生きた化石』といわれるムカシトンボを見かけたら近くに清らかな飲み水のありかを教えてくれます。

青緑や青紫色の鮮やかな金属光沢の羽が特徴のチョウトンボが逆立ちしながら飛ぶ姿を見かけたら『熱中症警報』です。強い日差しを反射させる広い羽のお陰で、多くのトンボが活動をストップさせる猛暑の中でもイキイキと飛び回り、逆立ちするように乱舞するのです。

そもそも生き物がいない田んぼのコメは注意した方がいいでしょうね。このように日本人が稲作を始めて以来、その営みを見守るかのように、トンボは里山で命を繫いできました。
ところが地域開発が進む中で耕作放棄地が広がってどんどん生息域が失われ、地球温暖化でそもそも自然環境そのものが壊れ始めています。乾燥して地球上あちこちで大規模な山林火災が相次ぐ一方で、豪雨による大洪水も引き起こしています。

半世紀ほど前まで台湾が北限だった台湾型ベニトンボは、今では横浜市まで北上しています。高知でも冬の降雨量が激減して水辺が干上がり、夏は水温が上がり過ぎています。
それに追い打ちをかけるように1990年代から全国の田んぼで使用が急拡大した神経毒性殺虫剤・ネオニコチノイド系農薬により、トンボをはじめ昆虫の生態は大ダメージを受けています。この農薬は世界的なミツバチ大量死に影響を与えているようですし、高知では赤トンボ代表種アキアカネの激減をもたらせました。島根・宍道湖でも多くの昆虫類が死滅し、ウナギとワカサギ漁の激減を招いたと言われています。

(記事・インタビュー 岩田正博)

「高知全権大使レポート2」に続く。