データベース

Database

人と社会への影響
2026.03.02
「微小プラスチックはどう人の神経細胞へ取り込まれるか」


「最前線」の研究紹介を始めます。

微小プラスチックの人体影響は、特に脳への蓄積が1月にNHKで放映されたドキュメンタリー『フロンティア脳に忍び込むナノプラスチックを追う』などで話題になっています。
それに関連し、人の神経細胞にプラスチック粒子が実際どのようにして、どの程度取り込まれるかという研究を編集部で見つけました。論文を基に書き直した解説を基礎資料として「最前線」のサブタイトルで紹介します。

「最前線」は今後、異常気象や環境汚染の最新の調査、研究で注目すべきものを紹介します。
専門分野での発表資料を基にするため、記事の表現、説明に専門用語が多くわかりにくい場合が多くあると思いますが、迅速な紹介を狙いそのままお伝えするケースが増えます。ご了承ください。

最前線 第1回
~ヒトニューロン(神経細胞)は、ナノプラスチックを体内に取り込みやすい可能性がある~
Human neurons are susceptible to the internalization of small-sized nanoplastics

要点=ナノ・マイクロプラスチック汚染は確実に広がっていて、人の体内から見つかる報告も増えている。脳は小さな粒子がたまりやすい可能性があるが、細胞レベルのデータはまだ少ない。この研究で、小型のナノプラスチックほどヒト神経細胞に取り込まれやすく、取り込まれた粒子は主にリソソーム(細胞の分解・処理役)に集まることを学んだ。一方で、短期・限定条件では目立つ神経毒性は確認されず、神経の種類によって取り込みやすさが違う点も重要だと分かった。長期影響や発達への影響は今後の評価が必要なのだと理解できた。

研究者(主に国立環境研究所)
伊藤智彦、生野雄大、宇田川理、田中厚資、黒河佳香、Kakeyama M.、前川文彦

この研究が扱うテーマ
ナノプラスチック/マイクロプラスチックの汚染が広がっており、人の体内からも検出されたという報告が増えている。
脳は、こうした小さな粒子が蓄積しやすい部位だと考えられているが、実際に細胞レベルで何が起きるのか(細胞が取り込むのか、どこに行くのか、害が出るのか)については、基礎データがまだ多くない。
そこで、「ヒトの神経細胞で、ナノプラスチックがどの程度取り込まれ、細胞の中のどこに行き、毒性(悪影響)が出るのか」を実験で確かめた。

研究目的
ヒト由来の神経細胞モデルを用い、ポリスチレン(PS)というプラスチックのナノ粒子について、次の点を整理して評価することが目的。
細胞内にどれくらい取り込まれるか
どのような仕組み(経路)で取り込まれるか
細胞のどこに集まりやすい(局在する)か
毒性(細胞への悪影響)が出るか
メーカーの違い(PSC社とSPI社の市販PS粒子)で結果が変わるか
※ここでいう「毒性」は、極端な話の“すぐ細胞が死ぬ”ということだけでなく、神経の形やストレス反応など、いくつかの指標で総合的に見ている。

実験の大まかな設計
細胞
LUHMES細胞・・・:ヒト由来の神経細胞に近い性質を持つ、実験で使いやすい細胞モデル
(※「本物の脳そのもの」ではなく、研究室で神経細胞のふるまいを調べやすくした“モデル”)
粒子
ポリスチレン(PS)粒子(蛍光標識)
蛍光標識:粒子に「光る目印」をつけて、顕微鏡で追跡できるようにしたもの
サイズ:主に 50 nm と 500 nm
「小さい方が取り込まれやすいか?」を検証
2社の市販粒子を比較(メーカー差が結果に影響する可能性があるため)
※ナノメートル(nm)の説明
1mmの100万分の1、1µm(マイクロメートル)の1000分の1に相当し、主に原子や分子の大きさ、光の波長、半導体製造の線幅など、原子・分子レベルの極微小な世界を表す際に使用され、DNAの幅のサイズである。 1 nm = 0.001 µm = 0.000001 mm。

測定・観察
共焦点顕微鏡・・・細胞の中の「どこに粒子があるか」を、比較的はっきり可視化できる顕微鏡
フローサイトメトリー(FCM)・・・細胞を1個ずつ高速に測定して、粒子の取り込み量を数として比較する方法
細胞の大きさ、内部の複雑さ、蛍光の強さ(=粒子の目印の強さ)などを同時に測定できる
取り込み経路の推定・・・取り込みの仕組み(どのルートが効いているか)を検討
毒性評価・・・細胞が弱る・神経の形が崩れる・ストレス反応が増える等が起きないかを確認

主要結果
A. 取り込みは「小さい粒子ほど有利」
50 nm の粒子は、500 nm より優先的に取り込まれた
→ この条件では「小さいほど細胞に入りやすい」傾向が示された。
B. 取り込み経路は主に2つ
LUHMES細胞は、主に以下の仕組みで 50 nm 粒子を取り込む可能性が示唆された。
クラスリン介在性エンドサイトーシス
→ 細胞が“受け取り口”を作って、狙って取り込むような代表的な取り込み方法
マクロピノサイトーシス
→ 細胞が周囲の液体をまとめて飲み込むように取り込む方法(粒子も一緒に入る)
※「細胞には複数の“飲み込み方”があり、そのうち2つが主に働いていそう」だということ

C. ただし「LUHMESが特別に取り込みやすい」わけではない
LUHMESでのプラスチック取り込みは、他の神経細胞タイプより低かった
→ 「ニューロンなら何でも大量に取り込む」という単純な話ではなく、細胞の種類によって取り込みやすさが違うことが示唆される。

D. 細胞内での行き先は主にリソソーム
PSナノ粒子は、主に リソソームに局在
リソソーム:細胞内の“分解・処理(ゴミ処理機能)”を担う場所
ミトコンドリアへの局在はごくわずか
ミトコンドリア:細胞のエネルギー産生(発電機能)を担う場所
→ 少なくともこの条件では、「エネルギー産生の中枢に大量に入り込む」挙動は強くなさそうである。

E.この条件では “明らかな毒性”は観察されなかった。
急性細胞毒性・・・明確な悪化なし
→ 短時間で細胞が大きく弱ったり死んだりする兆候は見えにくかった
神経突起伸展・・・明確な阻害なし
神経突起:ニューロンが伸ばす“枝(配線)”のような部分
酸化ストレス・・・明確な上昇なし
酸化ストレス:体や細胞が“サビる”ようなダメージ反応の一種
→ この実験条件では「すぐ分かるレベルの強い悪影響」は確認されなかった。

F. メーカー違いも検討し、粒子相互作用を比較
2メーカー(PSC社、SPI社)のPS粒子で比較し、細胞との相互作用や再現性の観点を扱っている。
→ 実務的には「同じサイズ・同じ材質のはずでも、メーカーが違うと挙動が変わり得る」ため、比較した点は重要。

ナノプラスチックはニューロンに取り込まれ得るが、取り込み量や反応は細胞タイプに依存する。
→ 脳内の細胞が一律に同じ反応をするとは限らない。
※細胞タイプに依存する・・・ある生物学的な現象、機能、遺伝子発現、あるいは薬物の効果などが、「どの細胞の種類か」によって異なる結果を示すことを指す。
取り込まれた粒子は リソソームに集まりやすい。
→ 細胞が“隔離・処理”する仕組みに乗りやすい可能性がある
少なくともこの実験条件(粒子・濃度・時間・評価項目)では、強い神経毒性は出ていない。
ただし、研究者らの示唆通り、神経発達への影響など、より長期・別の指標での評価は必要
→ 「急性(短期)の指標だけでは拾えない影響」があり得るため

2026/2/18  森 和美